俺の眼を見ろ



(CP:リカアン)
若干手出してます、リカルド。






俺の眼を見ろ





「ぅ・・・ん・・・」

「セレーナ?」

もぞもぞとベッドの中で身じろいだアンジュに、リカルドが声をかける。
久しぶりに宿で一泊することになった一行。
起こしても起きないアンジュを心配して、しかしすぐにこの町を出る予定のため補給の買い物をしないわけにはいかず、護衛という仕事上リカルドが宿に残るということになった。
もう時刻は十時だ。普段ならとっくに起きて活動している(アンジュは特にシスターのためか早起きなのだ)時刻だというのに。
そんな風に思っていた矢先だった。

「・・・・こ・・・」

「セレーナ?起きたか?」

苦しそうに眉間に皺を寄せてブランケットをきつく握り締めている様子では、どうやらまだ完全に起きたわけではなさそうだった。
リカルドは胸中ざわつく感じに襲われて、アンジュの肩を軽く揺すった。

「セレーナ、おい、」

「・・・・・・める」

リカルドの声はまだアンジュには届かない。
それも仕方のないことだった。アンジュは、夢物語の中にいた。
ちょっとやそっとでは覚めやまぬ夢―否、記憶。
そう、アンジュは前世の記憶の中にいた。それも、重みのあるものだった。




「どこにいるのですか?ヒンメル様っ!」

戦争が終わった。ラティオとセンサスの、長かった争いがやっと終わったのだ。
お伝えしなければ、この朗報を、あの方に、あの子にお伝えしなければ。
だか彼を、あの子を幽閉しているそこはやけに静かだった。ここだけまるで世界が違うみたいに。
死人がいる世界のような、冷たく、どこまでもどこまでも見えない闇に覆われいているかのような。
ここはなんだ、天空神ヒンメルが幽閉されている場所ではないのか。
胸がざわつく、嫌な予感がする、落ち着かない。
早くあの子の姿をこの目におさめなければ安心できない。
早く、はやくあの子の姿を。

「ヒンメルっ!!」

彼がいた場所に辿り着いた。
彼の長い結われた髪が床に伸びているのが薄い暗闇の中から見える。
それを見て自分は、オリフィエルはほっとした。先程までの胸のどきどきが嘘のように波のようにして引いていった。
が、次の瞬間には心臓が止まったような錯覚に陥った。
いや、もしかしたら、一瞬止まったかもしれない。
なにしろ目に飛び込んできたのは。


「ヒンメルっ!!!」






「セレーナ!」

「ヒンメル!!」

はっと目を覚まし飛び起きたアンジュは、冷や汗を少しかいて目を見開いていた。
彼女の口から飛び出した単語のことは後でもいい。とりあえず今は彼女が自分を見ていないことに気がいった。
目と目は合っている。だが、みていないのだ。

「ここは、・・・・どこだ・・・?」

「セレーナ?」

「ヒンメルは・・・私はあの子を・・・・」

ぽつりぽつりと呟かれる言葉に、リカルドは舌打ちをした。
錯乱している。前世の記憶の夢の続きと現世とを続いているものとして混乱しているのだ。
目のいろがちがう。自分を見ているようで見ていない。

「セレーナ、落ち着け」

「・・・・・・・ここ・・・は・・・・」

「ここは天上じゃない。君は今オリフィエルではない」

「ヒンメル・・・は・・・?」

「俺を見ろ」

ついっと、少し目を合わすように目を見つめ返してきたアンジュに、リカルドはアンジュの手を軽く握りながら言った。

「ゆっくり息を吐け」

それに従うように、アンジュはゆっくりと大きく息を吐いた。
目のいろがだんだんと落ち着いたものになっていくのがわかる。リカルドは確かめるように彼女の目を覗き込むようにして言った。
いつも結い上げられている髪が垂れて、女性らしさを醸し出していることに意識がいきそうになったが、彼女の目を見つめることで意識をそらせた。

「君はいま、アンジュ・セレーナだ。わかるか?」

「・・・・・・・はい、リカルドさん」

「・・・夢でもみたか」

手が軽く震えている。それを見てリカルドは訊ねた。
すると、しばらく黙っていたアンジュがぽつりと呟いた。その声はあまりにもか細く頼りなげで、彼女の手に視線を落としていたリカルドがはっと顔を上げてしまうほどだった。

「・・・・・・・・・・・・真っ赤に染まる、血溜りを・・・・」

「・・・・・・そうか」

話を聞くと、前世の記憶をアシハラの記憶の場に行った以来見る頻度が増したのだという。
だが、毎回記憶は断片過ぎてイマイチ掴めなかったのだが、今回はやけにはっきりとみてしまったということらしい。

「すみません・・・・ルカ君たちにも心配をかけてしまったようですね・・・」

「気にすることはない。これは君だけが体験することじゃないだろう」

「リカルドさんも、私と同じようなことが?」

「君ほど酷くはなかったがな・・・」

だいぶと落ち着きを取り戻したアンジュに対して、リカルドはどこか不満気だった。
そんなリカルドの様子に、アンジュは首を傾げた。

「リカルドさん?」

「なんだ」

「いえ、機嫌が悪そうだったので・・・すみません、迷惑かけてしまいましたね」

「・・・・・・ふん、気に食わん」

「本当にすみませ・・・リカルドさん?」

肩にかかったアンジュの髪を払い首元に顔を寄せてくるリカルドに、アンジュは一瞬驚いてしまったがために身を引くことが出来なかった。
次の瞬間、首元に湿った感触とぴりっとした痛みが走る。くちびるだ、と理解するのには時間がかかった。
仕上げにひと舐めされて、アンジュは枕をリカルドの顔に押し付けた。

「なに・・・っ!してるんですかっ!!」

しっとりとしたそこに手をあてて、アンジュは頬を僅かに染めた。
さっきまでとは打って変わって、強気なはっきりとした瞳が自分を見つめてくるのに、リカルドは少なくとも満足感を得た。

「セクハラですよ!っていうかああもう、どうするんですかこれっ!!」

スパーダあたりに見つかったらなんて言われるかわかったものではない。
鏡で確認したわけではないが、きっと、と考えてアンジュはさらに頬を赤くした。

「俺は解雇されてしまうか、セレーナ」

別になにも悪そびれた風を見せないリカルドはお手上げと言ったように両手を挙げてみせた。
してやったり、というような、口許の笑みは見逃さなかったが。

「・・・・・・・どうしてくれるんですか、これ・・・」


夢の中とはまた違う胸の高鳴りに、アンジュは戸惑うしかなかった。


end